水谷清


萬古焼の急須が育んできた数ある魅力のなかでも、ひときわ独自の存在感を放つのが「型萬古」である。その技法が生まれたのは江戸時代後期、同じ三重の隣町・桑名でのこと。四日市がこれを受け継ぎ、今では木型で陶製の急須を作る産地は、全国を見渡しても四日市の型萬古をおいて他にないのではないだろうか。

 

型萬古の急須づくりでは、胴体だけでも10にも及ぶパーツの木型を精密に組み合わせ、そこに布を貼り、薄くのばした一枚の粘土を丁寧に巻き付けて成形する。粘土が乾いたのち、慎重に木型を抜き取り、注ぎ口や持ち手、蓋、つまみといった他のパーツもそれぞれの木型で成形して組み合わせ、全体の形を整えていく。こうして仕上げられた急須は、驚くほど軽やかで精緻な造形美を備えている。


胴体の木型の各パーツは、乾いた状態ではわずかに余裕をもって組み合わさるように作られている。これは、濡れた布を貼った際に木が水分を吸って膨張するためである。木型には、何十年も寝かせて十分に乾燥させた木材が用いられており、わずかな膨張を見越して設計されている。もし最初からきつく作られていれば、粘土が乾いた後で木型を抜くことができなくなる。

 

この型萬古を四十年にわたって作り続け、その伝統を守り継いでいるのが、萬古焼の成形部門で伝統工芸士にも認定されている水谷清である。

 

1955年、主に食器の生地を生産する窯業を営む家の三代目として、三重県四日市市に生まれる。
将来は陶芸作家を志し、三十歳のころ、伊藤美月氏に師事してろくろを学ぶ。そのかたわらで型萬古の技法にも取り組み始め、次第に萬古焼特有の造形美に惹かれていった。やがて、当時型萬古の制作において中心的な存在だった圦山成月のもとで本格的に型萬古を学び、あわせて萬古焼に伝わる盛絵や赤絵の技法も身につけていった。
型萬古の作家としての道を歩み続け、2001年には萬古焼の成形部門で伝統工芸士に認定されている。また、みずから築いた穴窯で、焼き締めの作品も手がけている。

 

工房を訪ねると、型萬古の成形をその場で実演してくれた。「これをやるときは、エアコンをかけられんのですよ。土が乾いてしまうから」。湿らせた布を木型に巻き、薄くのばした粘土を一枚張っていく手つきは、見た目以上に根気を要する。「根気いりますよ。慣れるまでは大変です」。型萬古は、生涯の最後に作るものと心に決めていた技だという。

 

 

1955年 三重県四日市市生まれ

1994年 三重県立美術館にて「祭」陶芸展

1996年 穴窯「清風窯」を四日市市に築窯

2001年 伝統工芸士(型萬古)に認定される

 

 

型萬古は江戸時代後期、桑名の森有節が興した木型の技法にさかのぼる。参考文献:和木康光 著/山本広巳 編集・監修『萬古不易 ―四日市萬古焼のあゆみ―』(急須愛好の会、2015年)。





型萬古急須作家 水谷清
型萬古急須作家 水谷清
木型に濡れた布を巻く
薄くした粘土を木型に巻き付ける
木型を抜く前の型萬古急須の胴
胴木型の中心の棒を抜く
胴木型のパーツを一つ一つ抜く
胴木型のパーツを一つ一つ抜く
胴木型のパーツすべてを抜き終える
型萬古急須 胴と口の木型パーツ
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