昭龍(梅原昭二)

 

昭龍といえば誰よりも薄く、軽い急須で有名。

手にした瞬間、その明らかな軽さを実感することができる。

 

また日本で天目模様を施した唯一の急須としても有名。

天目模様は陶器ではよく見かけるものであるが、長い試行錯誤の末急須に合う独特の天目模様を開発。我々の目を楽しませてくれている。

 

1945年、愛知県常滑市生まれ。

父は轆轤師で主に火鉢を作っていた。

兄弟は5人おり3男である昭龍、そして兄2人も急須職人である。

長男は父から受け継いだ“北龍”という名を名乗り、次男は石龍。

 “昭和二十年”生まれであることから本名は“昭二”といい、昭という漢字に愛着があるため、昭龍と名乗ることを決めた。

小学校4年から陶土の原料作りを手伝い、夜中まで働いた。

中学からは急須の茶漉し作りの手伝いを開始し、夜間学校に通った。

「“昼は仕事の手伝い、夜は勉強で大変だね”、と近所の人によく言われましたが、夜は働かなくてよくなったので逆に楽でしたよ。(笑)」

 

お客さんのリクエストを受けて作りはじめた軽い急須であったが、軽い急須にはそれに合う土と職人の技が必要。

子供のころから陶土の原料作りを手伝っていたので、軽い急須を作るのに最適な原料配合は何となくわかっていたとはいえ、それでも正しい配合を見つけるのに3年ほどかかったそう。

 

正しい原料があるからといって誰でも薄い急須を作れるわけではない。

「ろくろは毎日ひいていないと感覚を忘れてしまう。数日でも休めば、あっという間にうまく引けなくなる。数十年と蓄積した技術が必要なんです。薄く作れる土があるからといって薄い急須がつくれるというわけではないんですよ」

 

天目は2010年に完成。

「子供のころ、太陽の光が網戸から急須に差し込むことによってできた模様を見て、いつかはこのような模様の急須を作ってみたいと思っていました。」

この思いを最初に抱いたのは今から40年も前のこと。

実際に開発をはじめてみるも、まさに失敗の連続。

1か月仕事を休み開発に没頭。夜中に窯を開け、出来具合をチェックすることもたびたびあった。

あまりに長い間成功できなかったので、奥様にも『もう止めたら』と言われたそう。

「常に新しいことを考えています。人をあっと言わせるような美しいものを作りたい、それが私の夢です。アイディアはどこにでもあふれています。だから真面目な経済番組ですら見るのが好きなんです。(笑)」

 

今は息子が跡継ぎとして同じ世界で仕事をし、妻は急須に絵を付けている。

 

軽い急須、天目模様の急須など唯一無二の存在として広く知られる昭龍。

常に新しいものを作り出す彼が次にどんな作品を生み出すのか非常に楽しみである。

 



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