
鮮やかな染付の文様と個性的な形状、これが加藤の作品の魅力である。
愛知県瀬戸市周辺で昔から受け継がれている“染付”。瀬戸染付は白の素地に青い文様を絵付けした陶磁器を指し、日本の伝統工芸にも指定されている。中国発祥の染付は19世紀初期ごろにはこの地方に伝わり、19世紀末には欧米への主力な輸出品となるまでに栄えた。
加藤は伝統的な瀬戸染付を独自に発展させる。「今までと同じままであることに疑問を感じました。決まりきった形をつくり続けるのではなく、形と柄を融合させようと思ったんです」。
一般的な瀬戸染付は焼成を2回施すのみであるが、加藤は3回〜4回繰り返す。その結果濃淡が表情豊かに現れ、青が白地により一層鮮やかに映える。また青だけではなく、赤や金などの色を使用した特徴的なモザイク柄も加藤の代表的な柄の一つであり、伝統柄にはない斬新な印象を与えている。
フォルムは個性的で、瀬戸染付に限らず他のどの焼き物に混ざっても、一見して“加藤のものだ”と見分けがつくほど際立っている。
柄もフォルムも独特で存在感がありながら、決して奇をてらうことなく伝統的な瀬戸の染付の古典的な雰囲気もしっかり残しているところに大きな特徴がある。
1981年、愛知県瀬戸市の瀬戸染付焼の窯「眞窯」の三代目・加藤眞也氏の長女として生まれる。日本語では陶磁器を総じて「瀬戸物」というが、その言葉が表わすように瀬戸は長い歴史をもつ焼き物の街である。瀬戸焼は日本六代古窯の一つで、所説あるが800年ほどの歴史がある。
父、眞也氏は雪が好きで、自分の名前の一字をとって「真雪」と名付けられた。窯の家ではあったが、家業を継ぐ気は全くなかったという。中高は英語を勉強するのが好きで、外国に対するあこがれが強い若者だった。大学は京都の立命館大学で国際関係を専攻。
卒業後、地元近くの陶磁器の卸商社に入社。日本全国のさまざまな焼き物を取り扱うことになった。数少ない女性社員ということもあり企画部に配属された加藤は、商品をどう売りだした方がよいかなど、意見を聞かれることも多かった。
しかし、窯の家出身にも関わらず、これまでデザインの勉強をしたことがなく、陶磁器の知識もなかったので、うまく答えられない自分にコンプレックスを感じることもおおかった。会社で4年勤めた後、焼き物の基本やデザインの勉強をするために退社。瀬戸市からほど近い岐阜県多治見市意匠研究所で焼物のデザインコースに2年間通う。
意匠研究所に入ってからも将来は企業でデザイナーとして勤めるか、実家に戻るとしてもお手伝い程度の仕事をすることを漠然と考えていたものの、作家になることは頭になかったという。しかし知人にすすめられ、実家の眞窯を継ぐことを決意。
実家で働きはじめてからは、陶磁器商社で働いた経験や、研究所で学んだことを積極的に活かし他の窯元にはない独自のヒット商品を次々と生み出していく。
窯元の仕事の傍ら個人の作家としての活動を続けている。作家としての作品の中には一見すると染付とは接点がないように見えるものもあるが、道具、材料、技法ともにすべて共通するという。
『染付の良さを知ってもらい、広めたい。そしてその可能性を追求していきたい』と加藤は語る。
1981年 瀬戸染付焼の窯元「眞窯」に生まれる。四代目
2005年 立命館大学国際関係学部卒業
2011年 多治見市陶磁器意匠研究所デザインコース修了
2011年~ 国内外にて個展、グループ展を中心に活動
受賞歴
高岡クラフトコンペティション 入選(2011・2012・2014年)
長三賞陶業展 入選(2015年)
加藤真雪 瀬戸染付 平皿 小皿 白磁食器 作家ものテーブルウェア おしゃれなプレート
加藤真雪 瀬戸染付 あおい花 ティーポット 急須 満容量460ml
加藤真雪 瀬戸染付 あじさい急須 作家もの白磁ティーポット 満容量240ml 桐箱
加藤真雪 赤い花片口 湯冷まし 茶海 満容量330ml 瀬戸染付赤絵煎茶器 白磁酒器
加藤真雪 あかい花煎茶碗 満容量70ml 日本茶中国茶用茶杯 作家もの煎茶器 赤絵ぐいのみ
加藤真雪 あかい花急須 満容量240ml 瀬戸染付 作家もの白磁煎茶器 桐箱
加藤真雪 瀬戸染付壁掛一輪挿し 花入れ 作家もの花器
加藤真雪 白磁壁掛け一輪挿し 瀬戸焼 作家もの花瓶 瀬戸染付 花器
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