田山鉄瓶工房

田山和康は、人間国宝である13代鈴木盛久によって直接そのすべての技術を伝授された大変貴重な存在である1950年生まれ、現在南部鉄器伝統工芸士会の会長。

 

1950年岩手県八幡山に六人兄弟の三人目として生まれる。

幼少のころより、物を作ることや絵を書くことが好きだったが、裕福な家庭でなかったため、親に工業高校にはいるように勧められる。

しかし、色を識別しにくかったために入学を断念。

鈴木盛久が丁稚奉公を探していると知人からと偶然聞き、紹介を受けた。「正直もの作りであれば何でもよかったんです。もしこれがたまたま大工の仕事であれば大工になっていたと思います(笑)。」

 

1966年盛久13代に弟子入りし、28歳で結婚するまで約10年丁稚奉公務める。一昔前ではごく当たり前であった丁稚奉公制度だが、南部鉄器の業界では最後のひとり。早朝の掃除からはじまり、夜は師匠の布団を敷くまでの身の回り全般の世話をこなす。師匠が寝てからようやく工房に戻り、技術を磨く。プライベートの時間がほとんどない生活であったが、それをむしろ喜びに感じていたという。「住み込みなので自由に工房が使え、師匠が寝てから夜遅くまで、技術を磨いたものです。」

 

鈴木盛久13代は日常雑貨と見なされていた鉄瓶を美術作品にまで価値を高めた人物である。その卓越した技術そして功績で1974年人間国宝に認定された。

 

13代目はデザイン的にもあたらしいことをする人でした。肌うち、模様押しのへら使いなど作業工程のどれ一つをとってもそれは群を抜いたものでした。

鞄持ちとして師匠が行く所にどこにでもついて行きましたよ。外を歩くときでもボーっと歩くな、と。どこにでも作品のヒントは隠れているのだから、と教えられました。自然にあるものの形、店の看板のデザインなど、すべて細かく観察しました。5060歳は鼻たれ小僧、本当にいいものを作るのは70をすぎてからと言われたものです。最近はようやくその意味がわかってきました。」

 

田山さんは作品にとってぱっと見たときの第一印象が大事だという。たくさんの作品が並んでいる中で自分の作品が一番先に目に入る、そういう鉄瓶を目指しているそう。「すべてのパーツには緊張感が必要。全体にバランスがよく使いやすいものがいいですね。ぼくの鉄瓶は細かい模様で目立たせるより、形のみでインパクトを与えることができる、そんな鉄瓶で勝負したいんです。」と鉄瓶作りに対する信念を語る。

 

2012年に独立し自分の工房を構えた。今後の作品が楽しみである。




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